京都在住のお千賀さんの気ままな京都一人歩きです。

by ochikachan-51

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枳殻邸(渉成園)へ♪

9月20日
東本願寺の別邸 「渉成園(しょうせいえん)」へ。
枳殻(からたち)を生け垣にしていたところから枳殻邸(きこくてい)という別名があります。
地元では、枳殻邸の名前の方で知られています。

東本願寺正面の東にあり、飛地境内地です。
徳川家光により東本願寺の東に土地を寄進され、13代宣如上人以後、隠居所となります。
庭園は池泉回遊式庭園、詩仙堂を開いた石川丈山作庭と言われています。
詩歌、茶の湯、能狂言などに親しむ場となり、御所や二条城を除けば洛中で随一の規模をもつ枳殻邸は、公家、茶人、歌人などの多彩な文化人が訪れていたようですよ。

こちらは家の近くで、前をよく通ります。 長い塀が続き、広そうだなって思いながら行きそびれていました。
結婚30数年もたっての初めての拝観でした(*^_^*)


門で志納金500円を払ってお庭へ。
以前、主人が行ったときは、志納金箱のようなのが置かれていただけで金額が決まっていないようでしたが、今回は、しっかり500円以上となっていました。
でも、枳殻邸の説明がしっかり書かれた立派な写真本が付いています。
同じ値段の拝観料でも薄いパンフレットだけが多い中で、さすが「お東さん(東本願寺)♪」と感心でした。


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一歩中にはいると可愛いキキョウが咲いており、お庭までのアプローチからもしっかりお手入れされたお庭を感じ、「さすがお東さん♪」と再度頷きます。

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臨池亭より。

写真右側の滝の水はどこからの水と思われますか。
こちらの園は京都駅から歩いて10分ほどに位置しているのですが、
遙か東山蹴上げからひかれた琵琶湖疏水の分水なんですよ。
明治に琵琶湖から東山をぬけて東山蹴上げにひかれたのが有名な琵琶湖疏水です。
この水が後にご紹介する園の南側の大池「印月池」へと注がれています。

蛤御門の変で焼失した東本願寺再建時に防火用水としてこの疏水の水を引こうと計画されます。
三条通から四条通、五条大橋の地下に4.6mの水道管を埋設して3年の月日をかけて明治30年に完成され「本願寺水道」として、今もしっかり役立っているそうですよ。
こちら枳殻邸はかっては近くの高瀬川から水を引いていたのですが、水位がさがり、明治からはこの本願寺水道を導水されているそうです。

( ※2008年より水道管が老朽化のため、錆がきつくなり本願寺水道はこちら枳殻邸も東本願寺も使用されていないそうです。
間違って今も使用されていると書いてしまいましたが、きょうすけさんのご指摘により、訂正しておきます。

現在、本願寺水道は明治時代の先人達の多大な労苦により築かれた明治の貴重な文化遺産として大切に残されていて、
東本願寺では、毎年春に「本願寺水道を歩こう」が開催されているようです。
私も一度参加したいです。 )



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傍花閣(ぼうかかく) なかなか風流な珍しい建物ですね。
文政10年(1827)にこちらを訪れた瀬山陽は「渉成園記」の中で園内の建物、景物を13景として紹介、讃えていますが、その一つでもあります。


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回棹廊(かいとうろう)です。
印月池の北東端に位置し、池の中の北大島を結ぶ木橋です。
こちらも瀬山陽の「渉成園記」の13景の一つです。

回棹廊を渡って印月池の北大島へ。

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回棹廊(かいとうろう)から印月池北西方面を臨みます。

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侵雪橋(しんせつきょう) こちらも北大島へ渡る木造の橋です。 13景の一つです。

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「碧玉の石憧」と奧の橋は先ほどの「侵雪橋」です。
北大島側から撮影です。

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北大島に建てられた茶室「縮遠亭」です。 
こちらも13景の一つで、園には、他にも大小の茶室が点在していますよ。

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こちらは「塩釜の手水鉢」です。
鎌倉時代に制作されたもののようです。 
全国の庭園の「塩釜の手水鉢」の手本となるもので「本歌」(オリジナル)といわれ、園の景物として最も重要なものとのことです。

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そのわりには、無造作にこちらの茶室の傍に置かれているようにも思えるのですが・・・・(*^_^*)

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北大島から見る印月池西南にある「漱枕居(そうちんきょう)」です。
13景のひとつです。 池と融合したような佇まいが趣がありますね。

ちょっと全体的に撮影しますと・・・・・。

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バックに・・・・・京都駅前の京都タワーですね(*^_^*)

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こちらも北大島の茶室「縮遠亭」高台から西側を見ます。

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印月池を挟んで園の大書院「「閬風亭(ろうふうてい)」、
そして奧にそびえる白い大きな建物は、東本願寺の修復中の阿弥陀堂を覆った建物ですが、こちらが修復されれば、阿弥陀堂の屋根や建物が見えることになります。
その左横には、ビルが見えているのがちょっと残念です。

北大島から橋を渡り西へ、

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今度は池の西縁から東側、先ほどの茶室「縮遠亭」を見た景色です。

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ちょっと大きくしますと左に侵雪橋、茶室「縮遠亭」、

そしてその奥には・・・・・マンションでしょうか。

こちらの園は京都駅から徒歩10分ほどの距離に位置していますので仕方がないのですが、マンションやビルが見えているのが残念です。
こちらのお庭は、京都の借景庭園の問題提議の際に必ず取り上げられるお庭でもあります(*^_^*)

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印月池の南大島です。 こちらも13景の一つです。
ちょっと目を下げると素敵な池やお庭が広がります。
場所が場所だけに借景崩壊もこれぐらいで維持されているだけでも大したことかもしれませんね。
お東さんも借景維持に色々とご苦労されていることでしょうね。

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先ほど紹介した印月池西側に面した大書院「閬風亭(ろうふうてい)」です。
こちらの裏(西側)に東本願寺が位置しているわけです。
大書院の室内からは東山阿弥陀ヶ峯を借景とした印月池の雄大な景色が見れるようになっており、床をはずせば能が演じられるようになっているそうですよ。
阿弥陀ヶ峯を背後の印月池と能ですか。 さぞかし優雅なことでしょうね。

こちらに続く一室「嘉楽」で、明治天皇が明治13年に京都に来られたおりにご休憩されたそうですよ。

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「大玄関」です。
明治13年に明治天皇がこちらの園でご休息された際、大宮御所からこの大玄関を移築することを約束され、その後移されてきた玄関だそうです。

明治になってからのこちらへは、明治天皇を初め岩倉具視、三条実美などの華族、清(中国)、イタリア、ロシアなどの各国領事、ロシア皇太子ニコライ(後のニコライ皇帝Ⅱ世)などとなっているようですよ。
この玄関からたくさんの要人が入られたのでしょう。

当時の枳殻邸は京都の迎賓館のようなものだったのでしょうか。

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ぐるっと一周して園の正面にもどり高石垣です。
こちらの石垣は色々な石が組まれて珍しいですね。

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可愛いキキョウに送られて門をでて、帰宅でした(*^_^*)

こちらは桜やお花が季節ごとに色々と咲くようです。
紅葉も良さそうですし、雪がふったお庭も素敵なようですよ。
近場でもありますし、また来たいものですね(^_^)v
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by ochikachan-51 | 2010-09-23 18:01 | 街中

清水寺へ♪

8月28日
町内の地蔵盆の後、町内から八坂の塔そばのイタリア料理店「イルギオットーネ」へ。
こちらのお店はテレビや雑誌でよく紹介される京都でも超有名なお店で到底予約など取れないだろうと思っていましたら、運良く取れました。
味はさすがに一味違うのを感じました。 ううん~、美味しい(^_^)v
町内の方達とご一緒でしたので写真はパスしましたが、八坂の塔が直ぐ横に見れる2階の個室でした。
ゆっくり会食となりました。

その後、皆さんと別れて清水寺へ。
町内の皆さんに「この暑いのに清水さんへ行くの?」って怪訝な眼差しを頂きながら・・・・。
すぐ傍ですからね。 ここまで来たのですからと清水坂を上っていきます。
しかしやっぱり暑い(*^_^*)
でも、参道は、たくさんの観光客です。

人混みを避けて空いた境内をまわります。
そして裏門から山道を少し歩き、定番コースの清閑寺へ。
清閑寺から車道へ下り、タクシーで帰宅。
しかしタクシーを止められるところまで歩くのも結構大変なのと危険です。
こちらは真似されませんように。
タクシーに乗るなら清閑寺にタクシーを呼ぶのが良かったみたいです(*^_^*)
でも、やはりいつものように清水寺へ戻るのが一番良いかな(^_^)

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「石仏群」 です。 清水寺の塔頭の成就院参道横にあるのですが、どういう謂われか知りませんでした。
清水寺のHPによりますと
『成就院参道途中の右手に千体余りの石仏が群集して祀られている。
大日如来・千手観音・地蔵菩薩や二尊仏など多種多様で、鎌倉時代の古いものもある。
元来は、地蔵信仰の厚い京都市民が各町内の大日堂や地蔵堂などに祀って毎夏に地蔵盆会を営んできた石仏で、明治の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)によって清水寺に運び込まれたものである。 』とのことです。

今日は町内の地蔵盆があった日です。 空いたところとこちらへ廻ったのですが、奇遇ですね。
京都では、今も各町内にお地蔵様がお祀りされていて、お盆が済んだころ、各町内で地蔵盆会が執りおこなわれています。

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清水寺塔頭「成就院」です。
こちらのお庭は後の高台寺山を借景にして石灯籠などを配し遠近法で庭を無限に広く感じさせる模範的な借景式庭園です。
普段は非公開ですが、たまに公開されますのでぜひ一度いらしてください。

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清水の舞台を下から見上げます。
参道はたくさんの人だったのですが、舞台は空いているような・・・。

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こちらも「奥の院の舞台」を下から。
 
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子安の塔側から見る 「清水寺三重の塔、伽藍」です。
子安の塔はただいま修復中ですね。

子安の塔から南の裏門をでて清閑寺へ。 
山道と言っても平坦な道ですが、人通りほとんどナシですので慣れない方はお二人でどうぞ(*^_^*)

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清閑寺手前の御陵です。
小督の局を愛した高倉天皇の御陵でもあります。
高倉天皇は建礼門院(平清盛の娘)の夫でもあります。

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清閑寺です。
折角来たのですが、門が閉まっていました。
土曜に閉まっていることがあるとは、・・・・どこかへお出かけかな?
平家物語に出てくる悲恋の局、小督の局が晩年を過ごしたお寺だそうですよ。

こちらのお寺は清水寺と並ぶほどの広大なお寺だったようですが、
今は小さな小さなお寺ですが、賑やかな清水寺からこちらへ廻るとホッとしますよ。
こちらもぜひいらしてみてください。

以前の私のブログにも
初夏の清水寺から清閑寺へその2♪
紅葉の『清水寺から清閑寺へ♪』 
で清閑寺を紹介していますので宜しかったらどうぞ♪

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門前の高台から山と山に挟まれた京都の町が見えます。
その後、タクシーで帰宅でした。


久しぶりの清水寺と清閑寺でした。 
清水寺は広いので観光客が多くてもそんなに気にもならず、また緑に癒されますし、清閑寺はお庭も綺麗にされてほとんどいつも独り占め出来るお寺ですので私の清水寺行きの定番コースになっています。
 
高校時代に古文で『平家物語」の小督の局の章が何故か印象深く、結婚して京都住まい、子供から手を離れた頃にこちらのお寺にひかれるようにやって来ました。
その時は、荒れた寂しいお庭だったのですが、いつの間にか綺麗にされていて嬉しいでした。
余談ですが、つい最近知ったのですが、家のすぐ近くに高倉天皇や安徳天皇、建礼門院、小督の局が住んでおられた里内裏があったそうです。
こちらも奇遇だなって感じます(*^_^*)
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by ochikachan-51 | 2010-09-21 21:20 | 東山界隈