京都在住のお千賀さんの気ままな京都一人歩きです。

by ochikachan-51

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紫宸殿は南向きに立ています。 
正面南から、西へ、そして北へまわると紫宸殿の裏側になるのですが、
そちらには、「清涼殿」の御殿が続きます。
紫宸殿から北へ北へと御殿が広がっていくようです。

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「清涼殿」です。
天皇が日常の生活の場として使用されていた御殿です。 入母屋檜皮葺寝殿造りで現在の建物は平安時代のものより小さくなっているそうですが、比較的よく古制を伝えているそうです。

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正面がさきの清涼殿、左側が紫宸殿の北側(裏)になります。

そしてさらに清涼殿を北へすすみますと

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すぐ右手に優雅な橋が見えてきます。
そして目の前にこちらの風景が広がります。
広々とした見晴らしの良いお庭です。

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大きな池のある「御池庭おいけにわ」の西側に御殿がコの字型に建てられています。
池畔は石を並べた州浜で、その中に船着への飛び石が置かれています。

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こちらの庭は回遊式庭園となっていて季節ごとの景色を楽しむことが出来るようになっているそうです。

御池庭の前の御殿は「小御所こごしょ」「御学問所おがくもんしょ」となっていて
その2つの御殿の間の中庭が「蹴鞠の庭」となっています。

「御」を「ご」と読んだり「お」と読んだりむずかしいですね(*^_^*)

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「小御所」です。
皇太子の元服などの儀式に用いられ、将軍や諸侯と対面される場所などにも使用されたそうです。
寝殿造りから書院造りへ移行する時期の建築様式とされています。

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「蹴鞠の庭」です。
左側が先の小御所で右側が次にご紹介します御学問所となります。

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こちらが「御学問所」です。
学問だけでなく、和歌の会などにも使われた入母屋檜皮葺書院造りの建物です。
このお庭を見ながら和歌の会なら風情があって良い和歌が出来たことでしょうね。

「その1」の最初にご紹介した「諸大夫の間」や「紫宸殿」からこの「御学問所」まで廻廊で繋がっているようですね。


さらに池に沿って北へまわっていきますと

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北側に塀越しの「御常御殿おつねごてん」の屋根がみえ、

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池越しにさきほどの「小御所」「御学問所」などの建物が見えていますね。

さて、この先は、天皇の日常のお住まい「御常御殿」へとなり塀で仕切られています。


「その3♪」へ続けたいと思います。
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by ochikachan-51 | 2009-05-11 22:59 | 街中
4月29日
京都御所の春の一般公開へと行ってみましたら
今年は天皇皇后両陛下ご結婚50年記念のため例年の範囲より多く公開となり「ご結婚50年記念特別公開」となっていました。

今日は時々雨が降って生憎のお天気です。
4年前にも行ったのですが、そのときの秋の一般公開も雨でしたね(*^_^*)

さて宜秋門(ぎしゅうもん)から入り御車寄(みくるまよせ)にむかいます。

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御車寄です。 諸大夫の間へ。

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諸大夫の間です。
正式の参内の控えの間で、身分により異なる控えの間の部屋となっているそうですよ。
諸大夫の間を通り過ぎ、新御車寄に廻ります。

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新御車寄は大正天皇の即位の礼の際に建てられ、以後天皇皇后両陛下の玄関となっているそうです。

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新御車寄に天皇皇后両陛下ご結婚に使われた艤装馬車が展示されています。
全長4.23m 幅1.91m 高さ2.2mとなっています。
テレビで見ていたより遙かに大きく感じました。

そしてメインの紫宸殿へ向かいます。

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承明門越しの紫宸殿です。
即位の式などの重要な儀式を行う最も格式高い正殿だそうですよ。 
昭和天皇までこちらの紫宸殿で即位の式が行われています。 
向かって右側が「左近の桜」 左側に「右近の橘」となっています。
天皇側から見るため左右が逆になるからですね。

京都の地図を北を上にして広げると、右側(東)が左京区、左側(西)が右京区となっていますが、
これもお上が北を背に南に向いて下々を見たため左右が反対になったそうですよ。

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紫宸殿を東側からみたものです。
入母屋檜皮葺の高床式宮殿建築。 大きな建物です。
これだけの屋根を檜皮葺となると高く付くでしょうね(笑)
御所の建物の屋根はすべてこの檜皮葺ですからね。 感心しきりです(*^_^*)
こちらは左近の桜ですね。

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紫宸殿を西側から。 右近の橘となりますね。

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紫宸殿中央が天皇の御座「高御座(たかみくら)」 その右側が皇后の「御帳台(みちょうだい)」です。
今上天皇の即位の式の際には、東京まで運ばれたそうです。
またこの御座の位置は、明治になって洋式風に変えられたもので、古式は、天皇の左側に皇后の座となっていたそうです。
古式は、日の入ずる側(東側)に天皇が坐すとなるからだと聞いたことがあります。

そのためお雛様の坐り位置も同じように向かって右側と変わったのですが、京都では、古式のまま今もお雛様は向かって左側となっています。
京都人のこだわりの一つのように思いますね(*^_^*)
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by ochikachan-51 | 2009-05-02 00:37 | 街中