京都在住のお千賀さんの気ままな京都一人歩きです。

by ochikachan-51

祇園祭山鉾巡行 その3 御池通りから河原町通り、解体編♪ (完)

7月17日

巡行22番目の岩戸山の後に私の大好きな船鉾がやってきますね♪

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23番目の船鉾です。
こちらは名前のごとく船の形をした鉾です。
今までの鉾のように鉾柱がありませんが、船が都大路を巡行だなんて誰が考えたんでしょうね。
それもこんな豪華な装飾で素敵ですよね♪
神功皇后(じんぐうこうごう)の新羅出船を題材にして船鉾となったようです。

ちなみにこんな船鉾もいかがでしょうか(^_^)

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7月13日朝の鉾建て途中の船鉾です。
船鉾も釘をつかわずにこんな風に縄で締められているんですよね。
これが立派な装飾され船鉾巡行となるわけですね。
町内の皆さんのがんばりに拍手です。

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舳先には、金色の鷁を 艫の舵には、黒漆塗螺鈿細工となっています。

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そういえば、この舵とよく似た舵をつけている大船鉾があるんですよ。
幕末の蛤御門の変で焼けた大船鉾が150年ぶりに再来年復活するようですね。
こちらも楽しみです。


さて先頭の長刀鉾から始まり、この船鉾で先祭の最後を飾り、これより後の巡行は、後祭となります。
昔は先祭が7月17日に、後祭は7月24日の巡行だったのですが、昭和41年以降は7月17日に合同されたわけです。
そのため、毎年船鉾の後に、後祭りの山が巡行するようになったわけです。
そして後祭の締めは先ほど紹介しました大船鉾だったわけです。


と言うことでこれより後祭りとなります。
さて次は・・・・・?

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弁慶でしょうか(^_^)

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そうなんですよね、 弁慶と牛若丸が五条の橋で戦っているんですね♪
巡行24番橋弁慶山です。
こちらの人形は永禄6年(1563)の古い銘があるようですよ。

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謡曲「橋弁慶」を題材にしている山だそうです。
胴掛けは保昌山と同じく円山応挙の下絵だそうですよ。


そして次は25番北観音山です。

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こちらも鉾よりは少し小振りで鉾柱のかわりに松が立てられている山、
曳山ですね。

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ちなみに北観音山の後のクリーム色の建物は御池通に面した京都市役所です。


次は、一寸角度が悪いですが、27番浄妙山(じょうみょうやま)です。

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平家物語の宇治川の合戦で三井寺の僧兵 筒井浄妙が橋桁を渡り、一番のりしようとしたときに、一来法師が浄妙の頭上を飛び越えて先陣をとったところを表してあるようです。
橋桁にも数本の矢がささっているのも戦いのすごさを表しているようですね。
また一来法師の人形(ご神体)は、木片の楔で支えられているそうです。

こちらも角度が悪くて、ご神体が見えませんが、
28番の黒主山(くろぬしやま)です。

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謡曲「志賀」にちなみ大伴黒主が桜の花をあおぎながめている姿をあらわしています。
ご神体の黒主は寛政元年(1789)作だそうです。
ぜんぜんご神体見えませんね。 ごめんなさい。



御池通から南北の通りの河原町通りへ曲がります

河原町通りから御池通へ進んでいるのは29番目の南観音山です。

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こちらも曳山です。 下水引は「飛天奏楽」、天女の舞でしょうか。 美しいですね。

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見送り(後懸け)も素晴らしいですね。
さてこの河原町御池の角で辻回しとなるようですね。
でも、一寸時間がないのでそのまま河原町通りを南へ。


次に続くのは、30番鯉山です。 後ろに八幡山が見えていますね。

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鯉山は中国の龍門の滝をのぼる鯉の勇士をあらわしているそうですよ。
こちらの前懸け、胴懸け、水引、見送りは、16世紀にベルギーで制作された毛綴を裁断したものだそうです。
すべて重要文化財に指定されているそうですよ。



31番八幡山です。

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町内に祀られている八幡宮を山の上に勧請したもので、普段は町内所の庭にお宮を祀ってあるそうです。
また山の上の小祠は総金箔で天明年間(1781~88)の制作だそうですよ。
朱塗りの鳥居の上の2羽の鳩が見えますか。 全然見えませんですね。 ごめんなさい。
こちらは左甚五郎作だそうです。
すごいですね。



32番役行者山(えんのぎょうじゃやま)です。

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役行者が一言主神を使って葛城と大峰の間に橋を架けたと言う伝説から来ています
山の中央の洞に座した役行者、左に斧をもった一言主神、右に葛城神の3体のご神体を祀っています。



そしてやっと見ることが出来ました。
今年最後を飾る・・・・・・・・。

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33番目
大船鉾の唐櫃巡行です。
唐櫃にご神体を収めての巡行となりました。
元治元年(1864)蛤御門の変の大火で大船鉾の木組みや車輪を焼失しました。
しかしご神体や舳を飾る大金弊、大舵、前懸などの装飾は免れており、平成23年には、船体木組み部分も完成となり、焼失150年になる平成26年の巡行を目指して町内の皆さんが頑張っておられるようです。

再来年の祇園祭巡行のしんがりの大船鉾を楽しみにしましょう!


と言うところで今年はゆっくり巡行を楽しみました。
早く家に帰らないと主人がお冠でしょうから、急ぎ足で新町四条下るにおいてある自転車へ。
四条通に出ると
もうすでに町内に帰っている長刀鉾、函谷鉾、月鉾が早速にお片付けです。

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函谷鉾です。 

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前掛けや水引などの装飾も外して木組みの綱が見えています。

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車輪を外されているようです。 手前の車輪はもう外されているようで車軸が見えていますね。

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重りになっているのでしょうか。 たくさんの人が乗られています。


そして四条室町では・・・・・。

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鶏鉾が町内に帰ってきたところですね。
これから後片付けとなるのですね。

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信号も元の位置に戻しています。


月鉾も後片付けです。

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こちらも車輪を外しているところですね。  
皆さん巡行が終わった後も大変です。

新町通で自転車に乗り、帰ろうとすると新町通りを町内に帰っていく船鉾が見えます。

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船鉾の前は曳山のようですね。 岩戸山かな?
船鉾町内所の2階から渡り廊下が駆けられているところみたいですね。
さあ、こちらも解体ですね。

まだ御池通を巡行している山鉾もこれから町内に帰るとすぐに解体して、来年の巡行まで蔵などにしまわれる訳ですね。


山鉾町の皆さん、ありがとうございました。
また来年も楽しませてくださいね(^_^)v



と言うことで私の今年の巡行のブログを終わりとします。

最後まで長いブログ、お付き合いありがとうございました。

私も最後まで書けるかな?ってとても不安でしたが、お粗末ながら何とか終わることが出来て良かったです。


それでは、これにておしまい♪ 

やれやれ(*^_^*)
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by ochikachan-51 | 2012-07-23 23:33 | 祇園祭