京都在住のお千賀さんの気ままな京都一人歩きです。

by ochikachan-51

京都御所 特別公開へ その3♪

次は、「御常御殿(おつねごてん)」へ。

先の御学問所などの御殿群を御池庭に沿って巡っていき、北への門をくぐっていきますと

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御常御殿前のお庭、御内邸(ごないてい)です。
風流な土橋や石橋が掛けられ、緑の中に紅色のキリシマツツジが趣を添えています。
私の前回の参観時の御内庭は、紅葉が美しかったですが、今回は、このツツジの鮮やかな彩りにうっとりです。
四季折々の風情を楽しめるように作庭されているようですね。

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こちらはお庭の続きにある御涼所(おすずみしょ)です。
「おすずみしょ」とは、なんと趣のある宮中らしい呼び名なんでしょうね(笑)
「おつねごてん」もですね。
御涼所は、天皇の夏期の納涼のための御座所としてもちいられていたそうで、東からの風をうけるようにと東面を広く造ってあるそうです。 奥には茶室もあるそうです。


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こちらが御常御殿で、お庭に面した東側です。 
御常御殿は、室町時代以降、天皇が日常のお住まいとして使用された御殿で、内部は15室からなる入母屋檜皮葺の書院造りの建物です。
明治天皇は、東京に行かれるまでこちらに住んでおられたそうです。
この御殿から北側は奥向きの御殿となっているそうです。

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こちら2つ写真は、御常御殿の南側となります。

こちらでは、祝儀の際に天皇から賜る盃酒の「天盃」、「三献の儀」などが行われていたようです。

この後、御常御殿北側に位置する皇后の日常のお住まい「皇后宮常御殿」へまわります。

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途中の木々のすっきりした見事なお手入れに感心します。
 

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皇后宮常御殿です。
16世紀終わり頃から女御、皇后の日常のお住まいに使われ、入母屋檜皮葺書院造りで13室あるそうです。

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前庭のお庭も御常御殿よりは少し小振りですが、見事に手入れされています。

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こちらは飛香舎(ひぎょうしゃ)です。 
女御入内の儀式が執りおこなわれた建物で、女御が日常過ごしていたところだそうです。
中庭の藤にちなんで「藤壺」とも呼ばれていたそうです。
こちらは平安時代の内裏の様式を良く伝えている建物で檜皮葺寝殿造りとなっています。


飛香舎前にはこんな物が展示されています。

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牛車です。
平安時代の貴族の乗り物で後から乗って、前から降りるそうです。

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朔平門(さくへいもん)。
京都御所の最も北側にあり、御所南側の建礼門と対しています。
また飛香舎のすぐそばに位置していて、女御入内の儀式の際に用いられたそうです。
儀式の時は、この朔平門で牛車を降りて轟車に乗り換えて人にひかれて御所に入っていったそうですが、江戸時代からは牛車を人が引いて朔平門から入ったそうです。

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「若宮・姫宮御殿」
皇子、皇女の御殿で、明治天皇も一時期住まわれていたそうです。

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「板輿(いたごし)」
静寛院宮(和宮親子内親王)が明治2年に京都に戻られたあと、使われていた輿だそうです。
輿には、徳川家の三葉葵の紋が彫金されています。
和宮さんは、婚約者と引き裂かれて徳川家に輿入れされ色々ご苦労なさったようですが、31才の若さで亡くなられているようですね。 
京都に帰ってからも三葉葵の紋の輿を使われていたというお気持ちを思うと胸が熱くなりますね。

さてこれで参観は終わりです。
京都御所の西側の門の一つ「清所門」をくぐり、京都御所から京都御苑へ。

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御所の築地塀を見ながら御苑を歩き御苑の西側の門の一つ蛤御門を出ます。

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蛤御門です。 奥が京都御苑、京都御所の築地塀がみえています。 その背後に東山となり8月16日の五山の送り火でお馴染みの大文字も見えています。

蛤御門の由来も面白いですよ。
天明の大火(1788年)の際に、今まで閉じられていた門が初めて開けられます。
「焼けて口開く蛤」に例えられて蛤御門と言われるようになったそうですよ。
又この門は江戸末期に長州藩がこの場所で会津藩、薩摩藩と戦った「蛤御門の変(禁門の変)」で有名です。

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今もその時の弾丸跡が残っています。 こちらへ来られた折は、ぜひご覧下さいね。

では長いブログでお疲れ様でした。 そしてお付き合い、ありがとうございました。

それではやっとおしまいです(*^_^*)
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by ochikachan-51 | 2009-07-03 12:26 | 街中